胸が苦しい。 わけもなく、またどうしようもなく胸の奥が疼く。こらえてもこらえても息が上がる。 ふと覚めた己を呪いながら、みゆきは寝返りをうち ベッドの端から転げるほど身を乗り出して胸を掻き、一筋の光も纏わぬ闇に指先をひたした。 「………、ッ…!」 涸れた咽喉は意味のある言葉を紡ぐことはなく、ねじ切れた空気を押し出しただけ。 ぽとぽとと流れ降る滴を拭いもせず、今度は唇の形だけで呟く。 キリサキ もうやめて、自分を責めるのは そんなに苦しいのなら、帰ってきていいのよ あなたは一人じゃない。ここにいるわ、私はいつもあなたの傍に… すぅ、と嘘のように軽くなる体。ピピ、と鳴るPET。スカルマンの無機質な声。 『みゆきサン メール デス』 「………知ってる、わ」 確認する必要のない、いつもと同じ空メール。差出人の名前はダーク・キリサキ。 不気味とも思えるまでのタイミング。それさえも何ら変わりない、全くもっていつも通りの。 「返事を、返しておいて」 『了解 シマシタ』 それも彼と同じ、件名にも本文にも何も書かない空メール。 何の前触れもなく唐突に胸がざわめくとき。ひどく頭が重く、痛むとき。 行方の知れない魂の片割れ、もう一人の自分が、何処かで不安と衝動におののくとき。 空を震わせる言葉も、目に見える言葉もいらない。強く念じさえすれば必ず届く。 ここにいる、と。帰る場所はここにあると。誰の声も聞こえないほどあなたが深く泥の渦に沈んだとしても、いつでも私が傍にいると。 ただそれでも、繋がっている証が欲しいのだ。今この瞬間に苦しみを共有している確かさが。 そう願うみゆきを満たすためなのか、それとも彼自身を満たすためなのか。いつも送られてくるメールには、語られぬ想いが隙間なく詰められているように思えて仕方が無かった。 別れの夜、彼は言った。 「それほど悲しいということはないよ。例えもう二度と会えないとしても、魂はきっと傍にいる」 かすめるように触れ合った唇は温かく、彼が確かに血の通った人間なのだと知らしめてくれた。 「ええ。そうね」 あくまで冷静を装う自分。やっと一つに戻れた魂が、今また引き裂かれる痛みに耐えられるはずもないのに。 離れたくなかった。いのちの尽きるまで触れていて、ゆっくりと傷を癒したかった。 生まれ落ちるとき真っ二つにちぎれた心が、その半身を取り戻した悦びを いつまでも噛みしめていたかった。 みゆきは体を起こし、枕元に用意していた水差しとグラスを手繰り寄せた。 苦悩の多い彼を、やはり行かせるべきではなかった。一人にするべきではなかったのに… いいえ、…違う、一人になりたくなかったのは、他の誰でもない、私 決して男と女の愛ではない、多分それは自己愛の延長にすぎなかったのだろうけど 鈍い光の一欠片すら放てないとしても、何より純粋に透き通って互いの心を震わせる この世界の誰も手にすることのできない 魂のぬくもりに違いなかったのだと今でもいつまでも信じている。 - end - |