雨が上がっている、と驚いたように誰かが口にした。
ブラインドの向こう、外の世界は陽の光が満ち輝いている。いつか止むとは到底思えないようなどしゃ降りの雨が降っていたのだ。長い長い会議はそんな雨さえいつの間にか晴天へと変えてしまうほどの長時間、粛々と行われていた。

「あー!!尻が痛くなっちまったぜ!!ったくよお!!」

大声で騒ぎ立てるのは会議の最中には欠伸ばかりで、眠そうに目をこするばかりだった六尺玉燃次だ。PETの中のナパームマンが目をみはるほど勢いよく背伸びをした。
今日招集されたメンバーは、つい数日前にクロスフュージョンできるようになった者ばかり。光博士と伊集院炎山による丁寧な説明は、だいぶ噛み砕かれた親切な内容だったが素人には難しく、特に燃次のように本業以外のことに対しては集中力も理解力も乏しい性格ではなおさら退屈な授業でしかなかった。

「うん…?」

仲間たちが次々に席を立つ中、一人だけ、一度は腰を上げたにもかかわらず、すぐに椅子に座りなおした者がいた。

「嬢ちゃん、どうかしたのかい」

燃次からみればずいぶんと年下の少女で薬師、メディのオペレーター、ジャスミン。頬にかかる艶やかな黒髪は、今はぱらりと乱れジャスミンの狼狽をより強いものに見せている。ぱっちりと曇りのない瞳が見開かれ、顔は耳まで真っ赤に染まり、両手はまるで心臓をなだめるように、胸に。どこからどう見ても尋常とは思われない。

「う…うん…あの…」
「気分でも悪いのかい?」

燃次は席を立ち、ジャスミンに近づいた。何気ない行動だったが、ジャスミンは困ったような表情を浮かべた。

「真鍋さんを…、真鍋さんを呼んでほしいよ…」
「ええ?なんだってえ?」

ジャスミンのか細い声は燃次の耳には届かず、燃次はさらに距離を詰める。

「あっちょっと燃次さんっ!や、やだっいやっいや…!」

燃次はその小さな体を抱き上げようと、しゃがんでジャスミンの背中と膝裏にそれぞれ手を添えた。

「立てねえくらい悪いんだったら、俺が医務室連れてってやるよ!んな、恥ずかしがってねえで…」
「ちがうの!やめて燃次さんっ…いや!そこっ触っちゃやあっ…」

ここまでのやり取りで、異変を察した他の仲間たちが燃次とジャスミンの背後に集まっていた。

「おい、レディに乱暴するなよ?お前の無礼なふるまいときたらまるで…いや、俺の口からは言えないね、まったく」

チャーリー・エアスターが眉をひそめて燃次の肩を掴んだ。
彼はどんなに幼くとも女性であれば紳士として接する男であり、拒絶を無視して無理やり迫るような燃次の強引なやり方を許さなかった。

「あ…!」

暴れるジャスミンを下ろそうとして、燃次があることに気づく。

「嬢ちゃん、それっなんだあ!?怪我でもしてんのか!?」

ちょうど尻の辺りが、ジャスミンの白いワンピースを直径にして数センチもいびつに丸く、赤く染まっている。真っ白い生地にシミを作った赤、そのコントラストはくっきりと目に痛い。

「あの…わたし、あの…!」

真っ赤な顔がさらに茹で上がり、頭から湯気でも出るかというほどジャスミンは取り乱していた。

「椅子か!?椅子になんか変なもんでもついてたか!?この椅子だけペンキ塗りたて…って、んなわけねえか。そーするとこれ、血か!?どっか怪我してんのか!?」

心底不思議そうに首を傾げる燃次の後ろで、大人が気づき始める。

「どうしたんだ?何やってんだ、見えねえよどいてくれよ!」
「まあまあ…坊やには関係ないことさ、別に見る必要はないよ」
「どうやらこの椅子だけペンキが乾いてなかったようですわ。よくあることです」
「「はあ!?」」

大人の壁に阻まれ、間をすり抜けようとした少年オペレーター、ディンゴをチャーリーが止める。プリンセス・プライドがディンゴと燃次の両方に一方的に話し、二人の驚きの声は聞き流して部屋を出た。


プライドが連れてきた真鍋刑事の、そこからの仕切りはそれは見事なものだった。ごめんなさい、今月は周期がずれたみたいで今日突然、と詫びるジャスミンの青ざめた顔ですべてを察し、まずはその場に残っていたメンバーたちにこう告げた。

「この椅子だけペンキ塗りたてだったのよ、ごめんなさいね、ここからは私が処理するから皆はもう帰って…」
「それじゃお言葉に甘えてそうさせてもらうぜ。デートの約束に遅れそうなんでね」
「わたくしも急ぎの公務がありますので…」
「なんだ!ペンキ塗りたてかあ!そりゃしょーがねーな!そんなことってあるんだなー!」
「はあ!?いやそんなわけねーだろ!?何言ってんだ!?お前ら、嬢ちゃんのことが心配じゃねーのかよ!?尻に血が、血みてーなのがついてんのに…」

納得した様子で帰りかけるチャーリーやプライド、そして一人だけ真に受けているディンゴに心底不思議そうに燃次が詰め寄る。

「…燃次くん」
「なんだよ!?」

軽蔑したように一瞥くれると、真鍋刑事は鋭く言った。

「あとで話があるわ。あなたは残っていて」

それがなんとも、反論も質問も許さない威圧感で燃次はすっかり萎縮し、素直に頷くほかなかった。

小一時間ほどで真鍋刑事は戻り、燃次にこんこんと説教をした。まずは生理というものの説明。詳しく言っても仕方がないので触りだけ、燃次の頭でも理解できる部分だけ。女という生物は皆、月に一回、股から血が出る。子供を産むためのメカニズムであり、それは女にとって大変にデリケートな問題なのだということ。それをすっかりまるごと理解しろとは言わない。しかし、女というものは底が深いもの。女相手に何かおかしいと思ったらせめて騒ぐな。その相手がたとえ子供であっても。

そんな、性教育のような恋愛指南のような説教を頭に詰め込まれ、燃次はのぼせたように大口を開けたまましばらく動けなくなっていた。ほんの子供だと思っていたジャスミンの、体はもはや子供ではなく…。悪気は全く無かったと断言はできるものの、そこのところの微妙な部分を皆の前でいじり倒してしまったというわけだ。そのことを、自覚してしまったらとんでもなく申し訳ない気分になって、またジャスミンに対してどう接すればいいのか…。

「あの…、嬢ちゃんは、今どんな…」
「私が手配した服に着替えているところよ。ワンピースタイプの服にタイツだったから、ほぼ全身着替える必要があったの」
「機嫌のほうはどんな…、やっぱり、怒ってますかい」
「ふさぎこんでいるようよ。あなたが無神経に騒いだから皆に知られてしまって、傷ついているわ」
「は、はあ…」

燃次は頭を抱え、その大きな体を縮こまらせた。ふらふらとよろけたところで脚に触れた椅子に力なく座り込む。

嫌われただろうか。いや、きっと嫌われた…。
ひとまわり以上年の離れた少女に。燃次は妙な胸糞の悪さに苦しめられていた。いてもたってもいられないような、逃げ出したいような、だらだらと妙な汗が頬をつたう。

「あの…真鍋さん、着替え…終わったよ…」

廊下からのドアを少しだけ開けて、申し訳なさそうにジャスミンが顔を出した。

「嬢ちゃん」
「…燃次さん」

黙ってはいられず、燃次が腰を浮かせた。
ジャスミンはがっかりしたように眉をひそめ、燃次の名を呼んですぐに唇をへの字に結んでそっぽを向いてしまった。

「サイズ、どうだった?好みに合わなかったらごめんなさいね、お腹が冷えてはいけないと思ったから…」

真鍋刑事がドアに近づき、ジャスミンの手を取って部屋へと導く。ためらうように見上げるジャスミンに、真鍋刑事は「大丈夫よ、彼はもうあなたにとって不愉快なことは言わないわ」と早口で告げた。それでやっとほっとしたような表情を浮かべるのを、燃次は複雑な気分で見つめた。
少し丈の長いTシャツに膝辺りまでのデニム。真鍋刑事が選んだであろうその組み合わせは、いつもシンプルなワンピースをまとうジャスミンの印象を全く別物へと変えるカジュアルなものだった。ピンク色のシャツの襟元左右からそれぞれ首へ伸びる二本の赤いリボンはうなじで結ばれ、袖は透けるレース生地で膨らみの控え目なパフスリーブ。パンツの裾にも白いひらひらレースがあしらわれていた。

「うん…これ、すごくかわいいね。わたし、こんな服着たことないから新鮮!サイズもぴったりね」
「そう、それならよかった。実は私も、楽しんで選んでしまって…」
「あ、でもこれわたし、おかね、払います!値段を教えてほしいよ」
「いいのよ、そんなこと気にしないで。あなたの希望も聞かずに勝手に選んだのだし」
「だけど下着も…な、ナプ…そ、その…この……も用意してもらって…」
「下着は新しいものを用意したけど、そちらは私がいざというときのためにロッカーに置いていた予備だから、新しく買ったわけではないのよ」

女同士、まるで燃次の存在など無いかのように話し込む二人に口を挟むこともできず、また椅子に腰を下ろしたところで今度は勢いよく立ち上がる。

「お、俺が!俺が、払いますんで!!」
「「!?」」
「嬢ちゃんの服は、俺が!上から下まで全部、全部俺が!!お詫びのしるしに…!えーっと…そのう…全部…必要なもんは全部…」
「「………!」」

言葉足らずでも必死に訴える燃次の姿に一瞬目を丸くした女二人だったが、すぐに顔を見合わせくすくすといかにも可笑しそうに笑った。



真鍋刑事と別れ、科学省を出た燃次とジャスミンは鮮やかな夕焼けを前に立ち尽くしてしまった。空も街も朱に染まり、ずっと眺めていたら流れる雲と一緒に不思議な別世界へ吸い込まれてしまいそうな、そんな。

「すごい空…」
「あ、ああ。明日は晴れかな」

む、と唇を尖らせてジャスミンが燃次を振り返る。

「わたしそんな話をしてるんじゃないよ、空がとっても綺麗だから感動してるね」
「ああ…いや、すまねえ…」
「燃次さん、いちいちズレてる。話しにくいったらないね」
「わ、悪かったよ、勘弁してくんな…な、うん、確かに綺麗な空だ、嬢ちゃんの言う通りだ、真っ赤でなぁ…」

小さなジャスミンのすぐ後ろを従順な子犬のように付いて来る、大柄な燃次の背中がまた少し丸くなった。燃次はジャスミンにはすっかり頭が上がらなくなっていて、もう何を言われても口答えもできず、言いがかりのような嫌味にさえ簡単に謝ってしまうのだった。

「………はぁ」

ジャスミンはそんな燃次から視線を外し、いかにも機嫌悪そうにため息をついた。

「嬢ちゃん」
「………なあに」
「あの、さっきは俺が…その…他の奴らの前で…その…わ、悪かった、とにかく…許してくれねぇか…」

改めて謝罪の言葉を口にしようとするもうまく言えない、何からどう謝ればいいのかわからない、それならばもう丸ごと謝ってしまえとそんなところなのだろう。燃次の胸中は何となく理解できるのだが…、それはジャスミンにとって十分満足の行く言葉ではないのだ。

「お洋服…ありがとう」

ジャスミンは許すとも許さないとも告げず、話を変えた。小さな靴の爪先で、濡れた小石を突つきながら。

「え?」
「実はわたし、お給料日前で、おかねあんまりなかったよ。真鍋さんに、払うって言っちゃってから気づいたね」
「ああ…そうなのか」

真鍋刑事も燃次の申し出をまともに受けようとせず、最初は軽く流そうとしたのだが、燃次がどうしてもと譲らなかった。そこに確かに真剣なものを感じ、それならばと燃次の想いを尊重してくれた真鍋刑事はやはり大人だ。

「お給料もらったら、返すね」
「いや!いい、いいんだ、俺が出したかったんだ、さっきも言ったが、お詫びのつもりで…」

燃次は大げさに顔の前で両手をぶんぶん振り、それには及ばないという意思をわかりやすく示した。

「でも、男の人にお洋服を買ってもらうなんてこと…」
「えぇ?」
「それに燃次さんのせいでわたし、今日はとっても恥ずかしかったよ。もう、わたし、お嫁に行けないよ」

じろりと睨むジャスミンに、燃次はまた噴き出した汗を居心地悪そうに拭った。

「そんなひとにお洋服は」
「悪かった!本当にすまなかった…その…俺が馬鹿なばっかりに…」

ジャスミンの言葉を遮り、燃次がその小さな肩を両方、がっしりと掴んだ。人目も憚らずまるで口説くかのように。

「………燃次さん、」
「もう同じことはしねえ、約束する、嬢ちゃんにはもう、何があっても…お、俺…」

大の男が、もしかしたら今ここでこのまま泣いてしまうのではないかと思うほど苦しそうな顔で俯き、とぎれとぎれにひたむきに詫びる。急に近くなった距離に戸惑いながらも、ジャスミンは唇を尖らせたままその姿を眺めていた。

「そ、そのう…嬢ちゃんが許さねえと言うのならそりゃあもう仕方ねえが…けど俺は、俺は、」

肩に乗せられた大きな手がぶるぶる震えるのを、ジャスミンはそっと押し返すようにして外した。

「!」

驚いた燃次にジャスミンは真剣な眼差しを向け、小動物のように小首を傾げた。

「重いよ、燃次さん。痛い」
「あ、あぁ、すまねえ」

ぱっと離れた後で、燃次はまた申し訳なさそうにうなだれた。

「ねえ燃次さん」

ジャスミンは流れるようにこう切り出し、燃次を見つめる。

「な、なんだい」

一瞬の戸惑いの後、何をどう罵られようとも仕方がないと覚悟を決め、真顔を作った燃次の表情はすぐに凍りつくこととなった。

「わたしの服………、可愛い?」
「へっ?」

思いがけない言葉に目を瞬かせる。かわいい…?可愛いか、と?服が?

「似合ってる?」

唐突な質問の何を説明するわけでもなく、ジャスミンがたたみ掛けるように再度尋ねる。

「………えーっ、と…」

苦手な状況だ。燃次は脳味噌が沸騰しそうになるのをかろうじて堪え、しかしここでしくじるわけにはいかないということだけは肝に銘じた。

「おかしい?いつもと違う服、わたし、変?」
「いいや!!そんなことはねえよ!!か、可愛い!!可愛いさ、すっげー似合ってるぜ!!」

鎖骨にかかる赤いリボンを片方いじりながら少し自信なさそうな顔を見せたジャスミンに反応し、過剰なほど燃次は声を張り上げた。

「本当?」

くりっと吊り気味の二つの瞳に嬉しそうな光が宿る。これだ、と確信を得た燃次は自信満々にもう一度繰り返した。

「ああ、可愛いぜ!」
「どこが?どういうところが好き?」
「す、好きィ…?」

大量に失ってしまったポイントを、いくらか取り返したと思ったところでまた燃次にとって突拍子もない切り返しが待っていた。どこが…。どういうところが、と聞かれると、困ってしまう。ましてや好きかどうかなど。見た感じなんとなくいい、ということはわかるのだが、具体的に言うとなると…。
言葉に詰まり、ジャスミンの全身をとりあえず上から下まで露骨に観察する。

「っと…その…えー…そ、その、そこの、ズボンの裾のピラピラとか…」
「うん。それから?」
「あー…そのピンクがお、女らしいな、うん…いつもと違う色で…その赤は…今日の夕焼けみてえだ、いい色だ」
「それだけ?」
「う…」
「わたしの新しいお洋服、可愛いところ、それだけなの?燃次さん」

ジャスミンはジャスミンで、先程の仕返しに少しくらいはいじめてもいいだろうと、困り顔で焦る燃次を楽しそうに追いつめていたのだが…。

「あ、あー!あとは、腕が透けて見えんのとか、色っぽいんじゃねえか!?俺は好きだな!うん…首のリボンも、ついほどきたくなっちまうところがそそるってえか…!脱がせるときにゃあ面白そうだ、なっ!」

話は思いがけない方向に、ジャスミンの期待とは少し違う方向へと転がった。
いかにも、勢いに任せてまくし立てただけあって話の内容にはそぐわない不自然なほど明るい口調。ジャスミンにとってはまだ難しく、また耳慣れない口説き文句だ。それも、相当ストレートな。

そして少女相手に決して言ってはいけない感想を漏らした燃次の思考回路は完全にショートしていた。目をまわしたトンボのようなぐるぐる目玉がそれを物語っている。

「……ねんじ、さん…」

ぽかんと開けていた口を一度閉じてから、か細い声でジャスミンは呟き、考え込むようにして俯いた。燃次が一体何を言いたかったのか…。わかったような、わからないような…。

ただ何か。
開けてはいけない引き出しを、強引に開けてしまった。そんな罪悪感が胸にこみ上げてくる。

多分、確信はないけれどこれは多分、子供が聞いてはいけない話。

「ど、どうだい…?こんなもんで…?」

急にしおらしくはなったものの仏頂面を崩さないジャスミンに、我に返った燃次がこわごわ尋ねた。どうかと問うてしまった時点で、今言った褒め言葉は全て適当なものをかき集め、詰め合わせましたと白状するようなものなのだが、そこまで気が回らないのが六尺玉燃次という男なのだった。

「…うん…あの…そうね、わたし…」

いつだってからりと晴れた青空のように明るく陽気で、ジャスミンでさえ時に呆れるほど呑気な燃次。いつも優しい。いつも、守ってくれる。いつも…。そんな、燃次が。今、何を?

ジャスミンはじっと燃次の顔を見つめた。
穴が空くほど見て。見た。
決して夕焼けだけのせいではない、ジャスミンに見つめられて照れた燃次の赤い頬にだらだら汗がつたうのを、見て、顎からぽとぽと滴るのを見て、それにやっと気づいた太い指が慌てて拭うしぐさを見て。
それから。

自分の胸に手を当てて、ぎゅうと押さえた。

「…いいよ、もう。燃次さん、ゆるしてあげる」

うわずった声はどこか、甘えるような色を含んでいた。


その後。
真鍋刑事を含め、あの日あの場にいたメンバーの大人たちは、燃次とジャスミンの仲がどうなったのか気がかりで招集がかかった際などには注意深く二人を観察したものだったが…。

「燃次さん、じゃんけんしよ!燃次さんが勝ったらこのアメあげる!」
「おっ、そうか?んじゃ、やるかー」
「「じゃーんけーん…」」

何となく、というようなレベルではない。明らかに以前よりも親しげに、仲良さげに話している。
CFメンバーに関わりのない仕事の合間にさえ時折二人の様子を見に来る真鍋刑事も、ジャスミンと燃次の微笑ましいやり取りを目にしてはほっとしたような笑顔を浮かべては部屋を後にする。

「ぽん!あ、燃次さん後出しー!」
「ば、バカ言っちゃいけねえよ!俺あ生まれてこの方、ジャンケンで後出しなんかしたこたあねえ!!」
「アハハ!うっそだよー!もう一回やるね!」

燃次の軍手をジャスミンが引っ張り、すぽんと引き抜いて手を入れると、ぶかぶかのそれを引っかけたような恰好のままひらひらと手を振った。取り返そうと伸ばした燃次の手をかわし、軍手を素早くポケットに隠して燃次の手の甲をぎゅっとつねる。驚く燃次に声を上げて笑い、今度は軍手をぐいと押し付け逃げてしまった。

どちらかと言えば、ジャスミンのほうが燃次にちょっかいをかけているような…。
壁際にもたれ、その様子を見ていたチャーリーがやっと解放された燃次を捕まえて話しかけた。

「よう。こないだ、あれから色々あったって?あの、お嬢さんとさ」
「あ?ああ、まあな。なんで知ってんだ?」
「聞いたのさ。お嬢さんに直接な」

チャーリーは呆れたような、面白がるような薄ら笑いでジャスミンの後ろ姿へ顎をしゃくった。

「へぇー、そうかい。…何を?何て?」

燃次には、ジャスミンが何を考えているのかはわからない。
あんなことがあったのに、何故今はこれほど親しく声をかけてくるのか。

「何って、全部さ。俺も別に深く突っ込むつもりはなかったが…ちょっと聞いたら、何があったかすっかり教えてくれたぜ」
「へえ。全部、ねえ…」

取り戻した軍手を嵌めながら、上の空で返事をする。
平常心を失っていた燃次は、あの夕方のことはところどころ記憶が抜けている。勿論、チャーリーに聞かれては不味い部分も。

「あの嬢ちゃんの考えてるこたあ、俺にゃちっともわからねえよ…」
「新しい服を褒めてやったって?」
「ああ…褒めろってぇからよ。なんだか知らねえがそれまではカンカンだったってのに、急に、許すって…。難しいぜ、女の子ってのはよ」

軍手の小指にほつれを見つけ、糸をぐいぐいと引っ張ってはどこから飛び出たものか確かめている。チャーリーは燃次に静かだが鋭く釘を刺した。

「お前…しばらく気をつけろよ」
「ん?ああ、そりゃもうあんなことになるのはごめんだ、今度からは尻が何で汚れてたって言わねえよ、せいぜい怒らせねえように気をつけるさ」

チャーリーの声が急に低くなったことに違和感を感じて、燃次は少しだけ注意深く喋った。

「わかってないねえ…」

部屋の隅から送られてくる視線に気づき、チャーリーは一旦言葉を切った。

「リボンだよ。リボンに気をつけろ、ってことさ。うっかりほどいちまわないようにな」
「はあ…?」

チャーリーはさらりと話を締めると、ひらひら手を振って離れた
。 リボンをほどいて脱がせたいと口説いたことは記憶にないらしい、どうにも腑に落ちないといった表情の燃次を一人残して。

「ま、俺には関係ないことだが…。目覚めたばかりのお姫様ってのは、何しでかすかわからないから危なっかしいんだよなぁ…」

背後からはまた捕まえられたらしい燃次と、一見無邪気なジャスミンのほのぼのとしたじゃんけんの掛け声が聞こえてくる。

「ぽん!あ、また同じの出した!もう、これじゃ勝負にならないね!」
「しょーがねーなあ!んじゃ、もう一回な!」

弾んだ声ではしゃぐジャスミン。燃次もそれなりに楽しんでいるようだ。

「イチャイチャしてくれちゃってまあ…」

ため息まじりに呟くと、チャーリーは肩をすくめて苦笑いを浮かべた。



「燃次さん、次に燃次さんが勝ったらねえ…」
「うん、うん、もう勝負は終わりでいいか?」
「わたしのリボン…ほどいていいよ?」
「へっ?な、なんだって?リボン?を、何だって?」
「…ウソ!まだ、だめ!」
「ちょっと待ってくれ何を…」
「わたしが大人になったらね!」
「いやだから、嬢ちゃん、俺にゃあさっぱり…」
「待っててね!燃次さん、わたしが大人になるまで、待っていて…!」








- end -











2017/04/28