「やめろってんだろおいこらあ!!もう治ったっつってんだろうがチクショウ離せ!!離しやがれーーー!!!!」

決して広くはない待合室の空気を震わせ響き渡った怒号に、居合わせた他の患者は一人残らず肩をすくめて縮こまった。患者同士はほぼ皆知り合いといったような、地域に根差した小さな診療所ではこれほどの修羅場はあまり多くない。診察室の扉から待合室に続く廊下へと逃げ出そうともがく大男と、それを押さえつけようと取り付いた医者と数人の看護師の大乱闘。待合室から眺める患者は老人や怯え泣く赤ん坊とあやす母親など、数人。何ができるはずもなく誰もが俯き、耳を塞ぐようにして時が過ぎるのを待つほかなかった。しかし―――

「ヤァッ!」

そんな凍り付いた空間に、勇ましく飛び込んできた小さな少女がいた。
威勢のいい掛け声と共に勢いよく玄関の扉を開け、白いワンピースの裾をはためかせ、一陣の風のように受付の正面に転がり込むとキョロキョロと辺りを見回した。吊り目がちの大きな瞳には一片の迷いもなく、漏れ聞こえる怒号を耳にしても凛とした表情を崩さない。診察室前の廊下と待合室を区切る半開きの引き戸から覗く、廊下の異常事態を見つけて焦点を合わせると、青ざめた顔で引き留めようとする観客を振り返りもせず暴れ続ける大男のもとに一直線に走り寄った。

「燃次サン!!ワタシよ、ジャスミン!!わかる!?」


ジャスミンがその診療所に駆け込んだのは、ナパームマンの緊急通信を受けた本当に直後のことだった。たまたま近くのベイエリアで買物をして、レジで支払いを済ませたところでPETがけたたましく鳴った。

『すまん!!おいちょっと誰か誰でもいい、近くにいる奴誰かいねえか!?た、頼む!!すぐ来てくれっ燃次が…!!』

大慌てで呂律さえも怪しい、これほどまでにナパームマンが慌てた姿を見せることは余程無い。何事かと、送られてきたマップデータも確認しないまま弾かれたように走り出した。店を出たところでメディのナビゲートが始まった。

『ジャスミン、奇跡よ!!燃次さんは近くにいるわ、次を右に曲がって南に一本入った通り!!』

興奮気味にメディがまくし立てる。ナパームマンの通信自体はこちらの位置情報もろくに把握せず燃次の親しい知り合いに向けて一斉送信されたもののようだったが、これほどの近場で受け取ることができたのとは幸運としか。


「あっ…え、あ、…っ、じょ、嬢ちゃん!?な、なんで、なんでここに…!?」

目の前のジャスミンに気づいた燃次は先程までの騒動が嘘のようにピタリと動きを止め、素っ頓狂な声を上げた。目の下のクマと、少しやつれたような、いつもよりこけて見える頬が真っ先にジャスミンの目についた。顔色も良くはない。何がしかの不調を抱えていることは明らかだった。そもそもここは病院なのだから、ここにいるということは…?
持てる知識を総動員して燃次を診ようと試みるジャスミンを呆然と見下ろし、燃次はぜえぜえと肩で息をしながら一歩前に出た。

「それはこっちの台詞ヨ、燃次サン!ナパームマンに呼ばれてワタシたち、ここに来て…」
「「「「それーっ!!!!」」」
「うわっ!!!!」

ジャスミンの言葉は途中で遮られ、最後まで話すことはできなかった。それまで良いように振り回されていた医者や看護師たちの反撃を食らい、燃次は硬く冷たい床に這いつくばる羽目になった。


「まあ、疲労かな。単なる」

だけど点滴は打っといたほうがいい、と初老の医者はジャスミンに向かって言った。どちらかと言えば背は低め、ややメタボリックな見た目である。先程の乱闘のおかげで白髪交じりの頭はボサボサに乱れ、白衣は皺が寄っていた。燃次とは面識があるようで、あれほど手こずらされたにもかかわらず特に気にしている様子はなかった。元々気さくな性格のようだ。このエリアで燃次が仕事をするとき、この診療所を利用していること、今日も近くで花火大会の準備をしているときに体調を崩して倒れ、この診療所に運び込まれたのだということなどを簡単に説明してくれた。

「彼は注射の類が嫌いでねぇ。これまでも何かある度にほとほと苦労したんだが…」

苦笑いを浮かべ、やっと診察室の椅子に腰かけた燃次に視線を投げる。バツの悪そうな顔で燃次がそっぽを向いた。大きな体が今日は少しだけ小さい。ジャスミンはそんな燃次の傍らで、手のひらをその広い背中に乗せて寄り添うようにして立っていた。やんちゃ坊主とその母親、と言うには体格が違い過ぎて到底無理なのだが、雰囲気はそれに近いものがあった。

「今日は保護者の方が来てくれたということで、いや非常にありがたい」

医者はジャスミンが見立てた以上にユーモラスな性格であるらしかった。燃次とジャスミンの顔を見比べると、快活な動きでぽんと膝を打った。


「いっ…や、やっぱ無理だ!!やめろ離せー!!」

ジャスミンの顔を見て一度は落ち着いた燃次であったが、やはりその瞬間が来ると恐怖に襲われたらしかった。あからさまに不機嫌な顔ではあったが、診察室を出て廊下をさらに奥へと進んだ場所、処置室と呼ばれる部屋まで自分の足で歩いてこられたのは奇跡だったのかもしれない。広くはない処置室に一つしかないベッドに寝かされた瞬間顔色を変え、再び手足をばたつかせて暴れ始めた。

「押さえて!足!そっち!手!」

医者の指示で、念のため待機していた看護師が二人、燃次の体に飛びかかる。しかし、その内訳は新人の若い女と、ベテランではあるが非力なおばさんもしくはおばあさんとも言える年齢の女であった。加えて、初老の医者。燃次の巨体を押さえ込めるはずもなかった。

「燃次サン!ダメ、おりこうして!」

咄嗟にジャスミンが大人たちの脇をすり抜けて燃次の枕元に駆け寄った。

「うわあああ!!」
「燃次サン!!いいコだから!!」

ジャスミンは燃次に覆いかぶさり、両腕で頭を抱え込んだ。パニックに陥っているらしい燃次を窒息させないように気をつけながらというのは骨の折れる作業だったが、無我夢中で燃次の頭を胸に押しつけているうち、バタバタともがいていた体がぎくりと硬直するのを感じた。そして、そのままぴくりとも動かない。

「…、ねんじ、さん?」
「………嬢ちゃんえっとその…なんてーかその…あの…」

異変を感じてジャスミンが体を離すと、目を真ん丸に見開いて顔を真っ赤にした燃次と視線が合った。明らかに伝えたい何かがあって、その何かについて言おうとしているのだが、燃次にしては珍しく歯切れが悪い。ジャスミンを見つめたまま、意を決したように燃次が口を開きかけた。そのとき。

ちくり。

「……あ」

押さえられた方の腕に走った違和感に、燃次はジャスミンの肩越しに医者を見た。

「はい針入りましたよ!ついでに血液採ります!!ハイ終わり針替えてハイそのまま安静にしててね!多分40分くらい!」

燃次が何かをするより俊敏に処置を終えた医者と看護師は燃次から離れ、ベテラン看護師がシャーッ!と小気味よい音を立ててベッドを囲むカーテンを閉めた。それなりに長いカーテンのはずなのだが、一瞬で閉まったような錯覚に囚われる。さすがに早業と言うほかない、慣れた手つきだった。

「!やりやがったなチクショウ!」
「ダメ!燃次サン動いちゃダメ!」

怒りに任せて体を起こそうとした燃次に再びジャスミンが抱きついた。今度は頭ではなく、首から胸にかけての辺りに。額をこすりつけながら燃次の方に顔を傾け、真っ直ぐに覗き込んだ。

「燃次サン、いいコだから動かないで、ね?ねぇ?」

少女とは言え、膨らみかけて少しは柔らかい胸を顔面に押しつけられたり、思いきり抱きつかれて至近距離で見上げられては…。今の今まで特別な感情を抱いたことのない子供相手に燃次は初めて狼狽えた。動悸がひどく、指の一本も動かせない。疲弊しきった体が、頭がまともに働かないせいなのか。吸い込まれそうな錯覚に陥るほど黒く、大きな瞳が、桜色の頬が、艶やかに潤んだ唇が、全てが媚びて言葉以上の何かをねだってくるように思えて仕方がない。そんなわけがないことは、頭では理解できているはずなのに。

「嬢ちゃん!…っ」

目の前の少女が何歳であるか忘れ、燃次は頬を耳まで真っ赤に染めてたじろいだ。
ジャスミンは思い通りに動きを止めた燃次に満足し、ニッコリと微笑んだ。


「…何だか格好の悪ィところを見せちまったなぁ」

天井を見上げたまま燃次が呟いた。

「ううん。そんなことない」

ジャスミンは新人看護師にパイプ椅子を借り、ベッドの枕元に置いて座った。
カーテンで仕切られてはいるが、同じ処置室で行われている他の患者の治療、何かカチャカチャと金属がこすれる音や、おそらく包帯を巻くスルスルという衣擦れの音までよく聞こえた。「はい、それじゃあ腕を出して。チクっとしますよ」などという会話も少し遠くで響いていた。シーツと点滴の器具しか目に入らない、殺風景なカーテンの内側の景色。少し顔を斜め上の壁に向けると、シンプルな丸い時計を見ることができるのがありがたかった。時折点滴の落ち具合を確認しながらぼんやりと過ごすうち、十分程経過していた。

「少しは気分、よくなったネ?」

ジャスミンが質問した。腰を落ち着けてからずっと、燃次のシャツの肩の辺りを掴んで離さない。

「うーんそうだな、よくわからねえが頭は冷えてきたっつーか…うーん…?」

口ごもる燃次の表情はぼんやりとしたもので、結局のところ大した変化はないということらしい。
はあ、と一つため息をついて燃次はがしがしと頭を掻いた。

「この頃忙しくてなぁ。戦いが終わってから、殆ど休み無しだ」
「ええ!?戦いが終わってから…って、もう半月以上経ってるヨ!ええ!?半月どころじゃないネ、もっと…」
「一日か二日、休んだかな。よく覚えてねえが。なんだかんだやる事ばっかでよ」
「働きすぎネ!燃次サン、死んじゃうヨ!」
「ははは…」
「ちゃんとごはん食べてた?」
「あー…」

心配そうに覗き込むジャスミンに、燃次は曖昧な返事をして寝がえりを打とうとした。

「ダメ、上見てなきゃ」
「チッ…不便だな、背中が痛くなってきたぜ」

この腕、と針のついた部分を憎々しげに睨む。

「燃次サン…」

ジャスミンは眉をひそめ、ゆっくりと伸び上がった。近づいてくる顔に気づき、わ、わ、と青くなったり赤くなったりしてあからさまに慌てる燃次の頬に、額がぴたりとくっつくまで。そしてその、合わさった肌の温もりを確かめるように瞳を閉じた。潮風になぶられ傷んだ燃次の髪に、ジャスミンの絹糸のような艶やかな髪が絡む。息まで止めてこわばった燃次の首筋に小さな手のひらを滑らせ、真っ直ぐに瞳の奥を覗いた。

「ワタシを見て…大丈夫ヨ。こんなときはそう、深呼吸。ね、何も考えないで、大きく息吐いて…」

無邪気なジャスミンに圧倒され、燃次は顔を真っ赤にして固まっていた。ふう、ふうと柔らかい吐息がちくちく刺さって痛いと感じるほどに。
こうなればもう、言われた通りにするほかはない。ぎこちなく、途切れそうになる呼吸を何とか繋げることだけに集中した。

「吸って、ゆっくり、吐いて。うん、上手!」

従順な生徒の様子に満足したジャスミンが顔を上げると、交じり合っていた黒と茶の髪がさらさらとほどけ、ジャスミンと燃次それぞれの持ち物へと元通りに戻った。

「…なんだか、初めて息したって感じだ」

余韻がすっかり消え去るのを待って、燃次がぽつりと呟いた。
相変わらずの近距離で覗き込んでくるジャスミンに対してはもう、すっかり諦めたようだった。不思議そうに首を傾げてくるのを自嘲気味の笑みで躱すと、ゆっくりと噛みしめるように語り始めた。

「とにかくすげー忙しかったからよ。なんだろうな…毎日、溺れたみてえにあっぷあっぷしてた、っていうかな。仕事、そうだ仕事してたっつーことだけはわかるんだがよ。じゃあ何してたのかって言われてもよく覚えてねーし、いや花火は作ってたけどな、何のっていうのも…メシも食ってたのか食ってなかったのか…。腹が減ったら何か食ってたとは思うが、何食ってたかなんてのも全然思い出せねー」

ジャスミンはいつものように唇を尖らせ、口を挟まずただ燃次を見つめていた。

「けど今、嬢ちゃんの顔見て気ィ落ち着けてたら、急にな。ちゃんと息しなきゃなー、ってえか、しなきゃってのも違うんだが、だからそのーうまく言えねえけど、な、息できた、ってえか…」
「燃次サン…」
「嬢ちゃん」

あまりにもとりとめのない燃次の話に、何がそれらしい返事ができるわけでもないが、それでも何かを言おうとしたジャスミンを遮って燃次は続けた。

「ありがとな。この恩は生涯忘れねえ」

それだけははっきりと、揺るがない口調で。

「そんな、大げさ!」
「いいや。こんなふうに息がつけたのは嬢ちゃんのおかげだ。そりゃあ間違いねえんだ。こんな情けねえ姿まで見せちまってよー…」
「でも、ワタシ…」

会話が途切れるたび、かち、かち、と秒針が時を刻む音が響く。カーテンの向こうの人の気配も、何故か今は遠いように思われた。

「この先、嬢ちゃんがもし困ったことがあったら言ってくれ。嬢ちゃんのためなら何だって…何だって、俺―――いつでも。どんなときだって」

いつの間にか突き合せた顔が近くなって、息がかかる距離で見つめ合う二人の頬が熱く、じわじわと侵食する朱が耳まで到達した。…そのとき。

『おい!取り込み中のとこ悪いが、こっちも手一杯なんだ、手伝ってくれ!!』

唐突にナパームマンが会話に割って入った。枕元に置いていたPETが揺れるほどの勢いで、弱りきった様子で。

「な、なんだぁ!?燃次郎、何を…」
『さっきお前が暴れたとき、方々にメールを送っちまったんだがその返事や通話があっちこっちから来ちまって俺一人じゃ間に合わねーんだよ!そのお嬢ちゃん辺りの知り合いだけでもアンタが出てくれ!』
「はぁ!?なんだそりゃ!?」

呑み込みの悪い燃次に、ジャスミンとメディがそれぞれ補いながら説明する。ナパームマンの機転のおかげでここに来ることができたのだと。

「って、お前そんなことしてたのか!!全然知らなかったぜ…だから嬢ちゃんも来てくれたのかぁ。なんでいきなり嬢ちゃん来てんだって思ったけどよ」

ナパームマンの善意ではあるが勝手な行動が結果としてジャスミンの前で醜態を晒すことになったのだが、燃次にとって今は怒りよりも抱いていた疑問が解消されたことへの爽快感に似た感情のほうが大きいようだった。燃次はコロコロと顔色を変えながら、最後には呆れたような照れたような、どこか諦めも含んだ笑みを浮かべた。

「熱斗たちならワタシが出るヨ。燃次サンはもうだいじょうぶって、説明してあげるネ」

うるさくなるだろうから廊下か外で…と燃次のPETを手に腰を上げかけたジャスミンの袖を、燃次の自由に動く方の手が伸びて掴んだ。

「ここで頼む。嬢ちゃん」

いつになく真剣な目に、何を言われているのかわからずジャスミンはきょとんと小首を傾げた。

「行くな。ここにいてくれ、離れねえでくれよ」

大きな体を起こし、至って真顔で。恋人にすがる男のようでいて、母親を求める子どものようでもある。軍手を外したその大きな手のひらはじっとりと汗ばんでいた。そんな燃次を見るのは初めてで、あ、うん、としか言えず、ジャスミンはまた椅子に腰を下ろした。

「すまねえな…」

元通りに体を横たえ、天井を見上げた燃次にジャスミンは黙ってほほ笑み、燃次のPETを膝に置くと自分のPETを取り出して操作を始めた。ナパームマンが投げるようにして寄越したメールの送信元や着信履歴の一覧を見て、もう大丈夫だからという内容のメールを作ってゆく。何度も着信履歴のあるような優先度の高い相手はナパームマンが先に処理していたが、CF仲間からはこの作業中にも着信が来ることがあり、少し手間取る場面もあった。

唇を尖らせて文面を考えるジャスミンの横顔を、燃次は暫く見つめていた。優しく静かな時間はぽとりぽとりと静かに垂れる点滴の、最後の一しずくが落ちるまで続くかと思われたが。

『お嬢ちゃんよう、この週末は予定ねえか?ちょいと付き合ってくれるとありがたいんだが』
「何?どうしたネ、ナパームマン??」

ナパームマンからの意外すぎる頼みにジャスミンは目を見開いて答えた。

「おい、おい、燃次郎、言うな、燃次郎!」
『コイツは全く病院嫌いな奴なんだがよー』
「燃次郎!!ねーんーじーろーう!!」

しれっと続けるナパームマンと、怒気を含んだ燃次の声。ただ事ではなさそうだ。

「どうしたの?燃次サン」
「い、いやその…」

明らかに狼狽えた燃次の様子に、何らかの事情を察したジャスミンはニッコリと歯を見せた。

「ワタシ、燃次サンのためになるならどこでも行くヨ、一緒に。…いつでも。どんなときだって」
「嬢ちゃん…」

柔らかいジャスミンの言葉に燃次はどっと噴き出た汗を拭い、ほっとした顔で何かを言おうとした。が、その安堵は邪気の欠片も無いジャスミンの次の言葉でまた裏返ることとなる。

「ずうっと。ネ?えっと…、そう、病めるときも、健やかなるときも!」
「嬢っ…ちゃんそれっ、なんか違ぇヤツ!!」
「え?何が?なんで?」
「いやっなんでってそりゃあ…」

確かこんなとき使う二ホン語ネ?と目を丸くするジャスミンに、燃次は大きく手も頭も振って慌てた。その隙を突いてナパームマンが再び斬り込む。

『実はな、歯医者の予約が入ってんだが燃次の奴ときたらそっちもこっちに引けを取らねえくらい暴れ「燃次郎!!テメーッ言うなぁあーーー!!!!」

額に浮かんだ血管が切れそうなほど顔というか頭というかとにかく首から上を真っ赤にした、燃次の大絶叫が建物中に響き渡った。


その後。
燃次の去った診療所はようやく平和と静けさを取り戻したのだが、ただカーテンで仕切られただけの空間で交わされる会話の全てが筒抜けであったことには、当事者達はあまり意識していなかったらしい。処置室での秘め事に関しては一切合切、二人がその場を後にした瞬間から医師、看護師の両方を通して待合室にいた患者達全員の耳に入り、その詳細まで知られるところとなった。

暴れん坊の大男とその小さな恋人もしくは保護者のほのぼのエピソードはしばらく忘れられることなく、常連患者達の間で繰り返し花を咲かせたという。








- end -









2019/07/26